メニュー

「あやもよう」の命名の由来について

故 余語翆巌老師のことば ~「あやもよう」命名の由来~

「比較の色々な現象が沢山あって、それを色々人間の寸法で、こっちが立派だとか、そういうふうな中で引っ掻き回されとる人が多いんじゃないかと思う。あやもようっていうのは、端的に言うと、比べるなと言う訳だ。それはそれっていうことなんじゃ。(中略)

人間の寸法で色々な価値判断でいくと、素晴らしい姿、素晴らしい力量、素晴らしい何か、全部そういうものがつく様なものがあるんだけど、天地法界から見れば皆同じことだ。そういう顔で生きておるんじゃ。それ皆、あやもようなんだ。それはそういう姿だと受け取るんだな。

考えてごらんなさい。生死一途じゃ。死ぬことも、生きることも、一つなんだからな。そういうふうな色んなことが全部あやもようとして必要じゃ。きれいということも、きたないということも、人間の寸法だけのことで、そんなものは本当の世界にはありませんのじゃ。あやもようの姿をそのまま、自分がどーんと受ければ、それでいいのじゃ。

色々な模様があって、どれが良くて、どれが悪いということでないということなんだ。あやもようのままに十分に生きていかれることが一番大切やと思うね。総てをあやもようのままに受け取る。そういう教育をすると一番いいんだな。」

(出典:『あやもよう 十年のあゆみ』より抜粋)